保育園を運営する社会福祉法人の理事長の皆様、毎日お疲れ様です。 子どもたちの元気な声、職員たちの真剣な眼差し、保護者の皆様とのコミュニケーション。日々の保育運営に追われ、経理や難しい書類のことは、つい後回しになってしまう…そんなお気持ち、とてもよく分かります。
ですが、もしその「後回し」が、気づかないうちに法人の体力を奪い、未来の選択肢を狭めているとしたら、どうでしょうか?
この記事では、会計が苦手な理事長でも、ご自身の法人の経営を安定させ、未来の可能性をグッと広げるための「勘所」を丸ごと解説します。難しい会計基準の話はしません。経営者として本当に知っておくべきポイントだけを、ギュッと凝縮してお届けしますので、ぜひリラックスしてお読みください。
なぜ今、社会福祉法人の「会計」がこれほど大切なのか?
「会計や経理って、なんだか面倒な事務作業でしょう?」 そう思われているなら、今日からそのイメージを少しだけ変えてみませんか。実は会計は、法人経営にとって最強の味方になってくれるツールなのです。
会計=経営の「健康診断書」
会計書類は、法人の健康状態がわかる「健康診断書」のようなものです。 「今、法人の貯金(現金・預金)はいくらあるのか?」「職員へのお給料はきちんと払えているか?」「来月、大きな支払いがあるけれど大丈夫か?」といった、お金の流れ(キャッシュフロー)や財産の状況がすべて記録されています。
この健康診断書を定期的にチェックすることで、「最近、少し支出が多いな。原因を調べてみよう」「収入が安定しているから、来年度は新しい遊具を買ってあげよう」といった、根拠に基づいた的確な経営判断ができるようになります。
ガバナンス強化でファンを増やす
最近よく耳にする「ガバナンス」という言葉。難しく考える必要はありません。一言でいえば、「健全で透明性の高い組織運営の仕組み」のことです。
保護者や地域の方々、そして行政は、「この法人は、大切な子どもたちを預けるに足る、信頼できる組織だろうか?」という視点で私たちを見ています。お金の管理がしっかりしている、意思決定のプロセスが明確である。そうした当たり前のことが、法人への信頼に繋がり、結果として「この園に預けたい」というファンを増やし、安定経営を実現するのです。
未来の選択肢を広げるための土台作り
そして何より、健全な会計とガバナンスは、未来の選択肢を広げるための土台となります。将来、新しい園舎を建てたり、新規事業を始めたりする際、金融機関は必ず「決算書を見せてください」と言います。日頃から会計がしっかりしていれば、スムーズに融資を受けられる可能性が高まります。
また、後継者問題に直面した際の事業承継や、子どもたちと職員の未来を守るためのM&Aといった選択肢を考える上でも、整理された財務状況は「交渉のテーブルにつくための最低条件」と言えるでしょう。
【もっと詳しく知りたい方へ】
- 社会福祉法人に求められるガバナンスの具体的な中身や、監査で指摘されやすいポイントについては、今後別の記事で詳しく解説予定です。
- 近年注目される「プレM&A」という考え方についても、改めてご紹介します。
これだけ!経営が見える「経理イベントカレンダー」で1年の流れを掴もう
「経理の仕事って、一年中ずっと同じことをしているように見える…」 そんなことはありません。経理には、はっきりとした年間のサイクルがあります。理事長がこの大きな流れを掴むだけで、焦らず、先回りした経営判断ができるようになります。
時期 | イベント | 経営者としての「勘所」 |
【春】2月~3月 | 予算編成 | 「来年度、どんな保育を実現したいか」という夢や計画を、実現可能な「経営の設計図」に落とし込む最も重要な作業です 。多くの園が陥りがちな「前年並み」の予算から一歩踏み出し、未来への投資を盛り込む意識が大切です。 |
【春~初夏】4月~6月 | 決算・報告 | 1年間の頑張りをまとめる「通知表」を受け取る時期です 。この通知表を基に、監事監査を受け、理事会や評議員会で承認を得ます 。数字の良し悪しだけでなく、その背景にある物語をしっかり説明することが、次の1年への協力と理解を得る鍵となります。 |
【夏】7月 | 社会保険・労働保険の手続き | 職員が安心して働き続けるための大切な手続きです 。保険料の計算の基となる「算定基礎届」などを提出します 。 |
【冬】12月 | 年末調整 | 職員一人ひとりの1年間の所得税を正しく計算し、精算する作業です 。これもまた、職員の生活に直結する重要な業務です。 |
【もっと詳しく知りたい方へ】
- 多くの理事が悩む、戦略的な**「予算編成」の具体的な3つのステップ**とは?
- 会計が苦手でも大丈夫!「決算書」で理事長が最低限チェックすべき3つの書類とは?
これらのテーマについては、今後の記事でじっくり解説していきます。
あなたの園は大丈夫?日々の業務に潜む「3つの経営リスク」
「まさか、うちの園でそんな問題が起きるはずがない」 そう思っている時こそ、危険信号かもしれません。日々の何気ない業務の中に潜む経営リスクと、今すぐできる対策を3つの視点から見ていきましょう。
リスク①【お金の入口】回収漏れという静かな時限爆弾
利用者負担金や延長保育料などの未収は、一件一件は少額でも、積み重なると法人のキャッシュフローを静かに蝕む「時限爆弾」になり得ます。「請求は毎月ちゃんとしているから大丈夫」と思っていても、実際に入金されているかまで確認する仕組みはありますか? 大切なのは、
誰から・いくら・いつから未収になっているかを一目でわかるリスト(未収金管理表)を作成し、定期的にチェックすることです 。早期に状況を把握し、丁寧に対応することが、トラブルを防ぎ、安定した収入確保に繋がります。
リスク②【お金の出口】不正の温床とサヨナラする仕組み
残念ながら、社会福祉法人においても不正な経費支出は起こり得ます。特に、日々の細々とした支払いを小口現金で管理している場合、そのリスクは高まります。 これを防ぐには、明確なルール作りが不可欠です。
- 稟議の徹底:一定金額以上の買い物や契約は、必ず事前に承認を得るルールを作りましょう 。
- 現金管理は最小限に:支払いは極力、銀行振込に切り替えましょう。記録が残り、透明性が格段に上がります。
- ネットバンキングの活用:インターネットバンキングには、担当者が振込データを作成し、承認者(理事長など)が最終承認しないと送金できない「承認機能」を持つものがあります 。これを活用すれば、二重のチェック体制が簡単に構築でき、ガバナンス強化に非常に有効です。
リスク③【法人の財産】園舎も備品も「どんぶり勘定」になっていませんか?
園舎や送迎バス、高額な遊具やピアノ。これらはすべて、子どもたちの保育のために欠かせない法人の大切な財産(固定資産)です。しかし、「何が」「どこに」「いつ購入したものか」をきちんと管理できているでしょうか?
おすすめは、
法人の財産リストである「固定資産管理台帳」を作成し、年に1度は実際に現物があるかを確認する「宝物チェック(現物確認)」を行うことです 。これにより、資産の紛失や劣化を防ぐだけでなく、「このバスは来年、買い替えの時期だな」といった計画的な設備投資が可能になります。
【もっと詳しく知りたい方へ】
- 具体的な**「未収金管理表」の作り方**や督促のノウハウ
- 現金精算を卒業し、安全・効率的に経費精算を行う方法
- テンプレート付きで解説する**「固定資産管理台帳」の作り方**
など、実践的な内容は今後の記事をお楽しみに!
「理事長、一人で頑張りすぎないで!」チームで乗り切る組織づくり
ここまで読んで、「やることが多すぎる…」と感じた理事長もいらっしゃるかもしれません。ご安心ください。これらすべてを、理事長が一人で抱え込む必要は全くありません。むしろ、上手に役割分担し、「チーム経営」へシフトすることが、強い組織づくりの第一歩です。
役割分担(職務分掌・業務分掌)で経営はもっとスムーズに
多くの法人の経理規程では、経理事務の責任者である**「会計責任者」
や、日々の現金の出し入れなどを行う「出納職員」**を任命することが定められています 。理事長は、こうした担当者を信頼して仕事を任せ、自身は最終的な確認・承認者に徹することで、より経営全体を見渡す時間と思考の余裕が生まれます。
「餅は餅屋」外部専門家の上手な使い方
法人内に経理の専門家がいない場合、顧問税理士や公認会計士といった外部の専門家を頼っている法人も少なくないかと思います。彼らは専門的な知識を持つ非常に優秀なビジネスパーソン達です。しかし法人に深く入り込まず、申告業務を中心に提供する税理士などは、必ずしも頼れる経営パートナーになってくれるとは限りません。経理業務だけでなく、経営会議や経理ミーティング、時にはシステム導入や業務改善の打ち合わせなどにも同席し、法人の内部事情に関しても理解してこそ、経営のパートナーとして、最高のパフォーマンスを発揮してくれます。大切なのは、税理士・公認会計士に拘らず、そういった経営パートナーを見つけ、「何をどこまでお願いしたいのか」を明確にすることです。そうすることで、専門的な視点からアドバイスをくれたり、法人が気づいていない経営課題を指摘してくれたりもします。
これからの保育園経営の常識?「経理DX」の第一歩
「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」と聞くと難しく感じるかもしれませんが、要は「便利なデジタルツールを使って、仕事をもっと楽に、正確にしましょう」ということです。 会計ソフトや給与計算ソフトの導入は、もはや大企業だけのものではありません 。小さな法人こそ、手作業での集計や転記ミスといった負担から解放されるメリットは絶大です。リアルタイムで経営状況が数字でわかるようになれば、理事長の意思決定のスピードと質も格段に向上します。
【もっと詳しく知りたい方へ】
- 小さな社会福祉法人でも大丈夫!失敗しない会計ソフトの選び方
- 顧問税理士はどこまで頼れる?契約前に確認すべきチェックリスト
なども、今後詳しく解説していきます。
5年後、10年後の笑顔のために。今から考える「事業承継」と「M&A」
最後に、少し未来の話をさせてください。理事長として最も重要な仕事は、今の園をしっかり運営すること。そしてもう一つ、この大切な場所を、未来へどう繋いでいくかを考えることです。
「後継者がいない…」は、もう他人事ではない
全国的な課題となっている、後継者不足による事業承継問題。これは決して他人事ではありません。親族や法人内に適切な後継者が見つからない場合、どうすればよいのか。大切なのは、理事長がお元気なうちから、早めに準備を始めることです。それはネガティブな話ではなく、「法人を未来永劫存続させ、子どもたちの笑顔を守るための準備」なのです。
M&Aは「身売り」ではない
M&Aというと、「身売り」「乗っ取り」といったネガティブなイメージが先行するかもしれません。しかし、保育業界におけるM&Aは、子どもたちや職員の未来、そして地域における保育の受け皿を守るための、非常にポジティブな経営戦略となり得ます。理念を共有できる他の法人と一緒になることで、より強固な経営基盤を築き、保育の質をさらに向上させることも可能なのです。
すべての道は「健全な会計」に通ず
そして、ここで最初の話に戻ります。事業承承やM&Aを有利に進め、大切な法人を納得のいく形で未来へ繋ぐために、何が一番重要か。 それは、これまでお話ししてきた、日々の適切な会計処理と、透明性の高いガバナンス体制に他なりません。法人の価値を正しく評価してもらい、未来を託す相手と対等に話をするための、最強の武器になるのです。
【もっと詳しく知りたい方へ】
- 社会福祉法人の**事業承継、何から始める?**準備すべきことリスト
- 保育園M&Aのリアル。成功する法人、失敗する法人の違いとは?
この重要なテーマについても、シリーズで深掘りしていきます。
未来へ繋ぐための、今日からできる小さな一歩
今回は、保育園経営を支える「お金と組織」の話を、全体像としてお伝えしました。 会計やガバナンスは、法人を守る「守備」の役割だけでなく、未来への投資や新たな挑戦を可能にする「攻撃」の土台にもなる、経営の両輪です。
この記事を読んで、「やらなきゃいけないことが多いな」と感じたかもしれません。でも、一度にすべてを変える必要はありません。
まずは、今日からできる小さな一歩を踏み出してみませんか?
例えば、
- 机の引き出しにある、法人の**「経理規程」**を5分だけ読み返してみる。
- 明日、会計担当の職員に「いつもありがとう。最近、何か困っていることはない?」と声をかけてみる。
そんな小さなアクションが、あなたの法人をより強く、よりしなやかに育て、未来の子どもたちの笑顔へと繋がっていくはずです。
この記事が、多忙な理事長の皆様にとって、ご自身の法人経営を改めて見つめ直すきっかけとなれば、これほど嬉しいことはありません。